イオンクラフト revisit

どうやら最近、アニメの影響でイオンクラフトの動画の再生回数が伸びているみたいです。もともとのページがやっつけだったので、原理の説明を増やしたり、時間があれば2号機を作ろうと思います。とりあえず以前放置していた飛行原理説明を(普通はわりと省略しがちなところも含めて)書いていこうと思います(しばらくは編集途中な感じになります)。

概要

イオンクラフト(リフター)は、空気中で非対称な電極に高電圧を印加する際に生じるイオン風を利用して空を飛ぶ装置です。どんな物かは以前の記事を参照のこと。

飛行原理

イオンクラフトの飛行原理は「ビーフェルド-ブラウン効果」(以下BB効果)と呼ばれることが多いようです。これはWikipediaの記述を引用すると「電極間に高い電圧をかけ、片側の電極を放電し易い尖った形状にすると、放電によりイオン化した気体の移動によって、電極に推力が発生しているように見える現象」です。この現象を以下でちまちま説明していきます。

BB効果を理解するのに知っておいた方がよさそうなこと1:非対称電極コンデンサの作る電場

イオンクラフトでは電極の形がプラスとマイナスで非対称であるということが重要になります。このような状況でどのようなことが起きるか考察してみます。
まず、実際の電極とは少し形が違いますが図1のようにプラスとマイナスで電極の形が異なるコンデンサを考えます。電極間には電圧Vをかけ、両極はそれぞれ+Q、−Qの電荷をそれぞれ持っているとします。さて、高校物理ではガウスの法則として以下のようなことを習います。
「任意の閉曲面を貫く電気力線の総本数は、その閉曲面内の電荷の総和を誘電率で割ったものに等しい」
言いかえれば、+Qの電荷を持った電極からはN=Q/\epsilon_0本の電気力線が出ていることになり、−Qの電荷を持った電極にはN=Q/\epsilon_0本の電気力線が入ってくることになります(図2)。
ここでこの電極が作る電場Eに注目します。電場Eは「電気力線の密度」に比例するので、電気力線の集中しているプラス電極の周りに近づけば近づくほど電場は強くなることになります(図3)。

BB効果を理解するのに知っておいた方がよさそうなこと2:誘電分極と誘電体が電場から受ける力

プラスチックや空気分子のような誘電体は、電気は通しませんが、電荷を近付けると(電場をかけると)表面にプラスとマイナスの電荷が現れます(図4)。これを誘導分極と言います。さて、このように分極した誘電体は電極からどのような力を受けるでしょうか?まず高校物理で出てくるような並行平板コンデンサの作る電場中に誘電体を入れる場合を考えます。この場合、誘電体は分極しますが、対称性から明らかに誘電体は力を受けません(誘電体の上の方はマイナスなのでプラス電極に引かれるが、下の方はプラスなのでプラス電極に反発される。マイナスの電極についても同様)。この「対称性」をコンデンサの電極の形を非対称にすることで破ってやります(図5)。一見すると、「誘電体の上の方はマイナスなのでプラス電極に引かれるが、下の方はプラスなのでプラス電極に反発される」というのは変わらないように見えますが、実は先に述べたように非対称コンデンサではプラス電極に近ければ近いほど電場が強くなるので、誘電体の上の方で誘電体が受ける力と誘電体の下の方で誘電体が受ける力には差が生じます(図6)。したがって、この場合、誘電体全体では上向きの力を受けることになります。
この図だけ見ると、非対称な電極というのが随分特殊なように思えるかもしれませんが、例えば、ティッシュペーパーでこすった塩ビ管はマイナスの静電気を帯びますが、これが作る電場は一様ではない(塩ビ管に近づくほど電場が強くなる)ので、誘電体、例えば紙きれを近づければ紙切れが塩ビ管に引き寄せられます。

BB効果を理解するのに知っておいた方がよさそうなこと2:電場による空気のイオン化

BB効果ではイオン化した空気の流れが重要になります。そこでまず「空気がイオン化する」のに必要な条件を考えます。
高校化学ではイオン化エネルギーというのが出てきます。これは原子をイオン化するのに必要なエネルギーのことで、例えば基底状態の水素原子から電子1個を引き離すのに必要なエネルギー(第一イオン化エネルギー)は13.6 eV、すなわち水素原子の中心と無限遠方との間に13.6 Vの電位差をつけてやれば電子を引き離せます。
たった13.6Vでいいのか、と思うかも知れませんが、これは水素原子の中心にマイナス電極、水素電子の外にプラス電極をおいてそこに電圧をかけた場合の話であって、普通はそんな電極を水素原子の中心に置くことはできません。実際にできるのは「水素原子の電子が、水素原子の大きさくらい動くだけで13.6 eVの運動エネルギーを得られるような電場」をかけることです。水素原子の大きさはボーア半径a_0 \sim 0.5 \AA程度ですから、電場をかけることで水素原子をイオン化させようと思えば、それに必要な電場強度は13.6 V /0.5 \AA \sim 2.7 \times 10^{11}V/m程度になります。